あの時、そして今 — 吾妻橋

唐突ですが、浅草は吾妻橋の画像をご覧下さい。

 ①約28年前の光景〔1986年8月10日 撮影〕

   K-G454 足立22 か 17-40 K-MP107K-3U(三菱 / 三菱ふそう) 1979年式  
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 ②現在の光景〔2014年5月11日 撮影〕

   K-R637 足立200 か 16-95 PKG-KV234L2(日野 / J-BUS) 2007年式
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画角は多少異なるものの、①・②ともほぼ同じ場所からの撮影です。

東京スカイツリーが完成したのは2年前の2012年のことで(開業は5月22日)、1986年当時は構想すらありませんでした。
現在、アサヒビール関連のビルが建ち並んでいるエリアは、かつてはビール工場だったところであり、1986年当時は影も形もありませんでした。

ビールジョッキをイメージしたアサヒビール東京本社(通称「アサヒビールタワー」)、屋上の「炎のオブジェ」が象徴的なアサヒスーパードライホール、その後方のリバーピア吾妻橋ライフタワーが竣工したのは、いずれも1989年のことです。

①で吾妻橋交差点を右折しようとしているバスは、都営・里23系統の日暮里駅行きです。
スカイブルーとクリームの塗り分けは、俗に「美濃部色」と呼ばれており、この年式が最後の採用となりました。
①とほぼ同じアングルで撮影した②のバスは、里23系統を(1994年1月18日に)都市新バス化した都08系統であり、当時も現在も日暮里駅〜錦糸町駅間を運行しています。

東京スカイツリーの屈指のビューポイントとして人気が高く、浅草を訪れた多くの人たちの格好の撮影ポイントともなっていますが、1986年当時に同じように撮影した人は、果たしてどのくらいいたでしょうか?
個人的には、このような写真でも残しておいてよかったと思っています。

by tane_mackey | 2014-05-12 00:50 | お出かけ | Comments(0)